冬の「超」怖い話に備えた新人育成  
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時計(4)
「とても――色の白い、綺麗な人だったんだ」
 気配り上手で、贈り物を考えるのが好きな人だった。
 自分にはもったいないくらいの女性でね。
 そう言って、薄く微笑む東沢氏の手には、一本の古い腕時計。
 
 彼がまだ文筆業で身を立てる前、北海道に住んでいた頃の話。
 当時、愛用の腕時計があった。
 恋人から贈られたもので、とても気に入っていた。
 ある日、時間を確認しようと腕時計に目をやると、
「あれ? 割れてる……」
 ガラス面に一文字のヒビ。
 いつの間にぶつけてしまったのか。
 全く覚えがない。
 直さなくちゃ、と近場の時計店へ持ち込んだ。
「どれくらいで直りますか?」
 店主に尋ねたところ、眉間に皺を寄せ、頭を振る。
 ガラスを交換するだけができないんですかと問い詰めた。
「そう言われても、直らないものは直らない。これ、見てみなよ」
 裏蓋を開けられた時計を覗き込む。
 中身が粉々に砕け散っていた。
 歯車、ゼンマイ、全てがめちゃくちゃだ。
「普通はここまで壊れるなんて無いよ」
 お客さん、新しい時計を買いな、と店主が勧めてくる。
 腑に落ちぬまま、壊れた時計を手に店を出た。

 腕時計が壊れてから数日後。
 深い雪の降り積もる夜。
 彼女から一本の電話が入った。
 それは別れを告げる電話だった。
〈わたし、ここを離れることも、あなたについていくことも、できないの〉
 東沢さんは、大学を卒業したら神奈川県に就職することになっていた。
 彼女と別れることなど、まったく考えていなかった。
 結婚しよう。それが駄目なら、遠距離恋愛をしよう。
 そう彼女には伝えていた。
 だが、彼女はそのどちらも選んではくれなった。
「僕もね、幾晩も悩んで……。だけど、最後は仕事を取ってしまった」
 彼女から貰った時計のように、二人の仲は打ち砕かれた。

 二人が別れて、数ヶ月が経った。
 実家へ戻り身支度を整えた後、横浜へ引っ越した。
 仕事に忙殺される毎日。
 恋人との別れの辛さも薄れてきた。
 そんな頃。
 過労からだろうか、突然高熱を出し、床に伏した。
 自分以外誰もいないアパートで毛布に包まり、悪寒に耐える。
 朦朧とした意識の中に、誰かがふわりと入ってきた。
<あなたは、私の娘と本当に別れてしまうつもりなのですか?>
 別れた恋人の母親だ。
 ああ、ずいぶんと気に入ってもらっていたっけ……と東沢さんはぼんやりと考える。
<もう以前のようにはなれないのですか?〉
 胸がつまりそうになる。
 僕と彼女の行く末を案じてくれているのか。
 だけど、もう二人で答えを出したんだ。
「ごめんなさい。もう、昔のようには――」
 もう戻れない。
 東沢さんが搾り出すような声で呟く。
 それを聞いた彼女の母親はかき消すように見えなくなった。
 夢か幻だったのか。
 ただ、胸の奥に痛みが残った。

 それから何日後。
 熱もだいぶ治まり、買出しついでに近所を少し歩いてみることにした。
 まだ少し足がふらつく。
 完治はまだだな、と顔を上げたとき。
(……あ!)
 白い肌。横顔。
 街角に、かつての恋人の姿。
 他人の空似かもしれない。
 しかし、似ている。
 もしかすると、僕を追ってきてくれたのか。
 あれほど一緒には行かないと言っていたのに。
 いや、僕の今の住所なんて知らないはずだ。
 でも。もしかしたら。
 気がつくと、駆け足でその後姿を追いかけていた。
 だが、彼女はどんどん離れていく。
「待ってくれっ!」
 思わず叫ぶ。
 追いつけない。
 彼女はそのまま大通りを通り、商店街へ続く路地に入った。
 何度も角を曲がり路地を抜けていく。
 どんどん差は開く。
 何故、追いつけない。何故、僕に気づかない。
 彼女の姿が路地の陰に隠れた。
 東沢さんも急ぎ路地を曲がる。
「……え」
 彼女の姿は、まるでかき消すように見えなくなっていた。
 細く長い路地。他に入る場所はない。

 東沢氏は半日かけて、彼女の姿を求め歩き回った。
 しかしもう二度と、その姿を目にする事はなかった。
 札幌の友人から聞いた話によると、元恋人の母親は、その当時すでに亡くなっていた。
 元恋人も、彼と時を同じくして病に臥せっていたと言う。
 
 それから更に、数年が経った。
 東沢氏は横浜の会社を辞め、新しい出会いの後、身を固めた。
 ある日、古い荷物を整理中の事。
 数々の懐かしい品物に混じって、昔の彼女がくれたものが見つかった。
 これは、あのときの。あぁ、あんな事もあったな。
 札幌での思い出。
 甘さと苦さが分かち難い表裏となって蘇る。
 もしあのまま、彼女と……。
 考えてしまってから、首を振る。
 そのとき、ふと気付いた。
(待て……これは、実家に置いてきたはずだ)
 彼女と別れ、就職前の準備で一度実家へ戻り荷物を整理した。
 彼女との思い出の品も全て封印してきたはずだ。
 しかしこうして、この部屋にある以上、何かの記憶違いだったのかもしれない。
「おや?」
 引き出しの奥に見慣れない小箱が入っている。
 なんだろう。
 胸騒ぎがした。
 小箱を手に取り、少し振ってみる。
 コト、コトコトコト。
 何かが入っている。
 そっと、蓋を開けた。
 中に一本の腕時計。
 壊れて、湿った泥にまみれている。
 ここにあるのが当然、といわんばかりに箱に収まっている。
 ――これは。まさか。
 帰省時、実家の裏の竹薮に捨てたはずなのに。
(……そうか。わかったよ)
 彼は、箱を手にしたまま天を仰いだ。

 今も時折、箱から出しては、丁寧に磨いているそうである。

by 時計 ¦ 20:41, Saturday, Nov 11, 2006 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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