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時計(2)
 机の上に、木製の小箱があった。
 東沢氏は掌を広げて、そっと埃を払う。
「……二十年近く前の話だけど。その頃、付き合っていた女性がいてね」
 ちょっと長い昔話だが、聞いてくれるかいと微笑んだ。

 北海道、札幌市。
 当時大学生の彼が愛用していた、一本の腕時計。
 当時の彼女から贈られた品である。
「勿論学生の時分だからそんなに高価な訳じゃない。でも、とても腕になじんでて。……体の一部みたいなもんだったな」
 卒業を間近に控えた、ある日の外出中。
 ふと文字盤に目をやると、ガラスが真っ二つに割れている。
 慌てた。
 どこかにぶつけたのかも知れないが、覚えがない。
「すぐ交換してもらおうと思って、近くの時計屋に持ち込んだら」
 店主は即座に「直せません」と突き返してきた。
 径の合うガラスが無いのかと尋ねると、そんな問題ではないと言う。
 逆に、何をしたらこうなるのかと時計屋の主人に問い返された。
 東沢氏は、分解された内部を覗き込み、息を呑んだ。
「もう、バラバラなんだよ。ゼンマイや歯車が、粉々に割れて」
 修復が不可能な事は素人目にも明らかだった。
 どうしてこんな事に。
 彼自身、まるで気づかないうちに。
 店主は愛想笑いを浮かべながら、新しい時計を勧めた。

 数日後の深夜。
 東沢氏は壊れていた時計の事を思い出す。
 彼女との、長い電話の最中。
 内容は、別れ話。

 三重県の実家へ帰省する機会があり、捨てあぐねていた件の時計を処分した。
「竹藪に放り投げたんだ。家族も承知の仲だったから、だいぶ心配されたけどね」
 東沢氏は小箱に手を置いたまま、ふぅ、と溜息をつく。

「札幌の大学を卒業して就職が決まると、今度は横浜へ引っ越した」
 神奈川県横浜市にアパートを借りた。
 だが新生活を始めて間もなく、彼は体調を崩し寝込んでしまう。
 昼夜も定かならぬまま高熱に浮かされ、布団の中で熱く湿った息を吐く。
 夢と現の境界線上で、見覚えのある女性に出会った。
 別れた彼女の母親だ。
『あなたは、本当にわたしの娘と別れてしまうのですか。もう、元のようには戻れないのですか』
 ひどい顔色だった。
 娘の様子を見かねて、俺を説得に来たのかも知れない。
 ああ、そういえば自分は随分と気に入ってもらっていた。
 でも。
「でも……、すみません、お義母さん。もう、無理なんです。すみません」
 朦朧としつつ、やっとそれだけを言った。
 熱で鈍磨した頭にいくつもの理由が浮かんでは消える。
 しかしそれを、必死に説明したところで何になるだろう。
 関係が修復される見込みがない以上、自分にはもう、謝る事しかできない。
「すみません、お義母さん。すみません……」
 色々とお世話になりました。
 本当に良くしてもらっていたのに。
 一体、どう謝罪すればいいのか。
 咳き込み、顔をしかめながら頭をもたげた。
 眩しい。
 西日が差しているから夕方なのだろう。
 荒れた狭い部屋には、自分一人。

 数日間の闘病の後、何とか外出できるようになった。
 パジャマにサンダル履きのまま少しだけ散歩をする。
 病床で見たのは、罪悪感から来る幻だったのだろうか。
 そんな事を思いながら近所の公園に足を伸ばすと、通りの彼方を行く人影が目に入った。
 動転し、目を疑う。
 別れた彼女だ。
「嘘だろ……」
 札幌から横浜まで追いかけてきたのか。
 俺の部屋を探しているのだろうか。
 覚束ない足取りで駆け寄る。
 彼女は、す、と建物の角を曲がった。
 商店街の入り口を抜ける。
 駅前を通り、そのまま住宅街へ。
 東沢氏は懸命に後を追う。
 だが、その距離が一向に縮まらない。
 それほど急ぎ足にも見えぬ女の足どりに、いくら病み上がりとは言え大の男が追いつけない。
 足元がもつれ始め、パジャマに冷や汗が滲む。
「そんなはずは……、おい、待ってくれ! 待ってくれ!」
 やがて、完全に見失ってしまった。
 袋小路が多く、狭い町である。
 病がぶり返すのも構わずに半日ほど町内を歩き回ったが、結局、彼女の姿はどこにも無かった。
「――後から聞いた話だけど、彼女も俺と同じ頃に病気を患って入院していたそうだ。札幌でね。そして彼女の母親は、もうとっくに亡くなってた」

 小箱を包むように置かれていた彼の手が、静かに動く。
 蓋を開けた。
「それから何年後だったか、俺は今のかみさんと結婚して横浜を出ることになったんだが……。引越しの最中、学生時代の品々と一緒に、この小箱が出てきたのさ」
 まるで見覚えが無かったと言う。
 誰が持ち込んだものなのかわからない。
 
 彼は、箱の中をこちらに向けた。
「……泥と、擦り傷だらけだったよ。竹薮だったからな。今はこうやって、時折磨いてやるようにしてる。誰のためでも無い。……あの頃これは、確かに、俺の体の一部だった」

by 時計 ¦ 20:49, Friday, Oct 27, 2006 ¦ 固定リンク ¦ 講評(5) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(1) ¦ 携帯

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