冬の「超」怖い話に備えた新人育成  
「超」公開自主トレ  
 

2024年7月
  1 2 3
4
5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近の記事
おいかけて(時計7)

残されたもの(時計(6))

おくりもの (時計(5))

時計(4)

過去ログ
2006年11月
2006年10月
2006年 9月
2006年 8月

 



時計(1)
「とても――色の白い、綺麗な人だったんだ」
 気配り上手で、贈り物を考えるのが好きな人だった。
 自分にはもったいないくらいの女性でね、と東沢さんは自嘲するように笑う。
 彼の手には古い腕時計が握られていた。
 これ、その彼女がくれた腕時計なんだ、とまた笑った。

 遠い昔、東沢さんの恋人だった人の話だ。
 まだ彼が小説家になる前、北海道に住んでいた頃。
 当時、常に身に着けていた腕時計があった。
 その恋人から贈られた腕時計で、とても気に入っていた。

 ある日、時間を確認しようと腕時計を見た。
「あれ? 割れてる……」
 時計のガラスに入った一文字のヒビ。
 いつの間にぶつけてしまったのだろう?
 全く覚えがない。
 直さなくちゃ、と手ごろな時計店に立ち寄った。

「どれくらいで直りますか?」と店主に訊く。
 店主は眉間に皺を寄せ、頭を振った。
 え? ガラスを交換するだけができないんですか? と問い詰めた。
「そう言っても直らないよ。これ、見てみなよ」
 裏蓋を開けられた時計を覗き込む。
 中身が粉々に砕け散っていた。
 歯車、ゼンマイ、全てがめちゃくちゃだ。
「これじゃ直せないだろう? 普通はここまで壊れるなんてないよ」
 お客さん、新しい時計を買いなよ、と店主が勧めてくる。
 それを断り、壊れた時計を手に店を出た。

 腕時計が壊れてから数日が経った。
 その日、彼女から電話が入った。
 それは別れを告げる電話だった。
〈わたし、ここを離れることも、あなたについていくことも、できないの〉
 東沢さんは、大学を卒業したら神奈川県に就職することになっていた。
 彼女と別れることなど、まったく考えていなかった。
 結婚しよう。それが駄目なら、遠距離恋愛をしよう。
 そう彼女には伝えていた。
 だが、彼女はそのどちらも選んでくれなった。
 選んだのは〈別れ〉だった。

「僕もね、幾晩も悩んで……。だけど、最後は仕事を取ったんだ」
 東沢さんの選択もまた、〈別れ〉だった。
 彼女から貰った時計の中身のように、二人の間は粉々になった。
 まだ外には雪が降り積もっている頃だった。

 彼女と判れて数ヶ月が経った。
 実家に一度帰って準備をしたあと、改めて引っ越しを行う。
 職場は横浜だった。
 仕事に忙殺される毎日。
 恋人との別れの辛さも薄れてきた。
 そんな頃。
 東沢さんは過労からだろうか、高熱を出して倒れた。
 自分以外誰もいないアパートで毛布に包まり、悪寒に耐える。
 朦朧とした意識の中に、誰かがふわりと入ってきた。
<あなたは、私の娘と本当に別れてしまうつもりなのですか?>
 意識の中に入ってきたのは、別れた恋人の母親。
 ああ、ずいぶんと気に入ってもらっていたっけ……と東沢さんはぼんやりと考える。
<もう以前のようにはなれないのですか?〉
 胸がつまりそうになる。
 僕と彼女の行く末を案じてくれているのか。
 だけど、もう二人で答えを出したんだ。
「ごめんなさい。もう、昔のようには――」
 もう戻れない。
 東沢さんが搾り出すような声で呟く。
 それを聞いた彼女の母親はかき消すように見えなくなった。
 夢か幻だったのか。
 ただ、胸の奥に痛みが残った。

 それから何日か経った。
 熱はだいぶ引いている。
 買出しついでに、近所を少し歩いてみることにした。
 まだ少しだけ足がふらつく。
 完治はまだだな、と顔を上げたとき。
(……あ!)
 白い肌。あの横顔。
 別れた恋人を街角に見かけた。
 もしかしたら他人の空似かもしれない。
 しかし、似ている。
 もしかしたら、僕を追ってきてくれたのか。
 あれだけ神奈川に、横浜に一緒に行かないと言っていたのに。
 いや、僕の今の住所なんて知らないはずだ。
 でも。もしかしたら。
 無意識のうちに、足が追いかけ始める。
 彼女はどんどん離れていく。
「待ってくれっ!」
 思わず叫ぶ。
 どうしても追いつけない。
 彼女はそのまま大通りを通り、商店街へ続く路地に入った。
 何度も角を曲がり路地を抜けていく。
 どんどん差は開く。
 何故追いつけない。何故彼女は僕に気がつかない。
 彼女の姿が路地の陰に隠れた。
 東沢さんも、その路地に入る。
「……え」
 彼女の姿は、まるでかき消すように見えなくなっていた。
 細く長い路地。他に入る場所はない。
 なのに、どうしてだ。
 東沢さんは、半日彼女の姿を求めて歩き回った。
 が、どうしても彼女を見つけることはできなかった。
 
 それから数年経った。
 横浜の会社を辞め、東沢さんは身を固めた。
 相手はあの別れた恋人ではなかった。

 ある日、古い荷物を整理していた。
 数々の懐かしい品物に混じって、前の彼女がくれたものが出てくる。
 これは、あのときの。あ、これはあんなことがあったな。
 札幌での思い出が蘇ってくる。
 青春の残滓。甘さと苦さが入り混じった思い出。
 もし彼女と。そう考えてしまってから、首を振る。
 そのとき、ふと気付いた。
(……これは実家にあるはずだ)
 東沢さんは彼女と別れ、就職するための準備で一度実家に帰っていた。
 荷物の整理などをする目的だった。
 そのとき、彼女との思い出の品は実家に全て封印してきたはずだ。
 いや、もしかしたら記憶違いだったのかもしれないな、と作業を進めた。
「おや?」
 引き出しの奥に見慣れない小箱が入っている。
 なんだろう。
 この箱を見ていると、心のどこかが落ち着かない。
 小箱を少しだけ振ってみた。
 コト、コトコトコト。
 何かが入っている。何だ。何が入っているんだ。
 そっと、蓋を開けた。

 腕時計が入っていた。
 壊れて、湿った泥に塗れている。
 それはあの恋人から貰った、あの大事な腕時計。
 まるで、ここにあるのが当然、といわんばかりに箱に収まっている。
 だが、これは実家の裏にある竹やぶに捨てたはずだ。
 彼女との別れが辛すぎて、時計を見るのさえ厭だったあの頃。
 弟に付き添ってもらって、確かに竹やぶに投げ捨てた。
 投げられた時計は叢に消えたはずだ。

 それと同時に、もうひとつ心の底から浮いてきた記憶。
 あの、横浜で熱を出した頃。
 元恋人の母親は、その当時すでに亡くなっていた。
 元恋人も、病に臥せっていた。
「だからお前がいた横浜には行けないんだよ」
 札幌の友人から、そう教えてもらった。
 いろいろな思い出といろいろな出来事が繋がっていく。
(そうか)
 東沢さんは、箱を手にしたまま天を仰いだ。

「だから、これはずっと持っていよう……って」
 東沢さんは、両の手で腕時計を優しく包み込んだ。

by 時計 ¦ 18:20, Friday, Oct 20, 2006 ¦ 固定リンク ¦ 講評(4) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(1) ¦ 携帯

■ Trackback Ping URL 外国のスパマーへのトラップです(本物は下のほうを使ってください)
http://www.chokowa.com/training/blog/trackback.cgi20061020182029

■トラックバック

この記事へのトラックバックURL(こちらが本物):
http://www.chokowa.com/training/blog/blog.cgi/20061020182029

» 時計(1) [ささいな恐怖のささいな裏側から] ×
先日の加藤氏のブログにおいて、「1行40字として1行半以上に及んで句点「。」が入 ... 続きを読む

受信: 11:22, Sunday, Oct 22, 2006

■講評


■講評を書く

名前:
メールアドレス(任意):    
URL(任意):
この情報を登録する
配点:
講評後に配点を変更する場合は、以前の配点(を含む講評)を削除してから新しい配点を行ってください。
配点理由+講評文:
パスワード(必須):

ヒューマンチェック(選択した計算結果を入力):

△ページのトップへ
 


最近のコメント
viagra online on ガスとビニール(7)

order viagra on ガスとビニール(7)

cheap viagra on ガスとビニール(7)

viagra online on ガスとビニール(7)

最近のトラックバック
Phentermine. (Phentermine cash on delivery.) «

How much adderall can you inje .. (Adderall prescription.) «

Zoo sex. (Zoo sex.) «

Buy viagra online. (Buy viagra uk.) «

Ringtones for motorola. (L word ringtones for motorola krzr by verizon.) «

携帯で読む
   URLを携帯に送る


フリーソフトで作るブログ