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風呂場の方から、『カチン』と乾いた音がした。 そして、静寂。 「……何の音ですか?」 「気にするな」 森村氏は澱んだ目をこちらに向け、力無く微笑む。 立ち上がり、少しふらつきながら風呂場へ向かった。 ついて行こうと腰を浮かせると、彼は背中を向けたまま手を振って制止し、ガラス戸を押し開けた。 古いユニットバスから、幽かに、ガスの臭い。
数ヶ月前の事。 森村氏は友人達と、〈降霊会〉を開いた。 「今考えれば子供っぽい、莫迦な真似をしたもんだと思うがな」 近場の心霊スポットなどは粗方探検し尽くし、より強い、新たな刺激を求めていた。 仲間のうち霊感を持つ数名が手筈を整え、〈降霊〉に挑戦する。 深夜。 密閉された部屋。 心細く揺れる蝋燭の灯りの中、男数人で車座を組む。 「開始してすぐに、一人の様子がおかしくなって」 彼は、座った姿勢のまま失神しているように見えた。 動揺した仲間達が声をかけても、返答がない。 やがて、細く長い息。 薄いセロファンが震えるような、囁き。 「それが、いつもの声じゃない。いや、この世の声じゃなかった」 錆びついた女の声。 生者の口を借り紡がれる、彼岸の独白。 〈降霊〉は、成功した。 新たな領域へ一歩踏み込んだ気がした。 しかし、そんな興奮も束の間。 「すぐに後悔したよ。……とてもじゃないが、会話にならないんだ」 脳を汚染する怨嗟の念が、暗い室内に充満する。 実験参加者の気力と体力も、急速に奪われていく。 「たまらない。思い出したくもない。この世への恨みの言葉を、延々と、数時間」 終わりがない。 出口の見えぬ、死者の泣訴。 〈彼女〉は自殺者だった。
「……どうやって帰ってもらったんですか?」 「それは何と言うか、無理矢理にな。……中断したんだ」 「中断、ですか」 「霊とのやりとりを何度か経験している奴がいて、半ば力技で終わらせてもらった」 「そ、そんな……」 「終わった後は、本当にぐったりしたよ。皆、口をきく気力もなかった」
つい先日、参加者の一人が交通事故を起こした。 通勤中のバイク事故である。 一メートル四方もの大きなビニール袋が突然覆い被さり、彼のヘルメットを包んだ。 払い除けようともがくうちに、転倒。 救急車が到着した際、巻き付いたビニールによって窒息寸前の状態だったと言う。 彼は両方の手足、つまり四肢を全て、骨折した。
事故から間もなく、今度は別のメンバーの家が火災に合い、全焼した。 幸い死者は出さずに済んだが、後の調査で原因はガス漏れだった事がわかった。
三人目は、自転車を盗まれた。 通勤に使っていたもので不自由にはなったが、そのメンバーは逆に、安心したと言う。 「そりゃそうだろう。大事故、火事と来て、何か良くない事が降りかかって来ているのはわかったが、所詮は自転車泥棒だからな。<助かった>と思ったらしい。……でも」 数日後に発見された自転車を見て、血の気が引いた。 それは、川の中に投げ込まれていた。 ビニール袋で何重にも何重にも、狂ったように梱包された状態で。
「まだまだあるが、もういい。とにかく、あの〈降霊会〉にいた仲間全員に、な」 「……不幸が?」 「ああ」 「……森村さん、じゃあ、さっきの風呂場の音は」 「ああ」 室温が、急速に下がっていく。 部屋を見渡す。 狭く、古いワンルーム。 日中だと言うのに、異様に暗い。 足元の畳の上には、蝋の跡。 「あの女は、こう言ってた。〈ビニール袋を被って、ガス管を咥えて、自殺したの〉と」 「……それは、つまり」
カチン。 |
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» 死因(2)(ガスとビニール(6)) [I'd like to tell you something about ...から] × 頑張れ鯖。ということで避難所です。 採話中に起こった怪異。もっと臨場感を、と言ってたらここで来ましたか。 番号選ぶの巧過ぎかも。 畳に残った蝋の跡とか、もう演出が巧い。 その部屋に居座ってますよ縲 ... 続きを読む
受信: 22:45, Thursday, Sep 21, 2006
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