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死因(ガスとビニール(3))
「莫迦な事をしてしまったもんだよ。大の大人が何人も、遊び半分で……」
 森村氏は自嘲気味に呟くと、長く、静かに嘆息した。
 青褪めた頬は薄い無精髭に覆われている。 
 いつも整頓されていた筈の彼の部屋も、紫煙が篭り、どことなく荒んで見える。
 やや神経質そうな仕草で、煙草を揉み消す。
 小山になった灰皿から吸殻が数本、こぼれ落ちた。

 数ヶ月前。
 森村氏は数人の仲間と〈降霊会〉を試してみたのだと言う。
 廃墟や心霊スポット探検を趣味とする、その手の物好きが集まったグループである。
「恐怖心って麻痺してくるものだろう。新しい刺激が欲しかったんだ。仲間内に何人か、霊感の強い奴らもいてね。やり方を工夫すれば確実に呼べると言うから」
 彼らは、実験してみる事にした。
 その作法の詳細については、ここでは割愛しておく。
「……結果として、〈降霊会〉は成功した」
 深夜。
 蝋燭の灯りだけが心細く揺れる、狭い室内。
 現れたのは女性。
 自殺者の霊だった。
 体を貸した仲間は白目となり、口の端から涎を垂らして、湿っぽい声で滔々と語った。
 この世への恨み。
 死の苦しみ。
 自殺の手段。 
『――頭からビニールを被ったのそれからガス管を咥えてねそれで死んだ、喉が痛い、死んだだけどまだ、まだ死にきれない、ちくしょう、ちくしょう、憎い憎い憎い憎い憎い』
 死者の独白は数時間にも及び、その殆どが、生者への怨嗟だった。
 全身に粟立ちを覚えるような耳障りな声が延々と、暗い部屋に木霊する。
 間断無い目眩。
 吐き気が込み上げる。
 耐え切れない。
 限界だった。
 森村氏は、あんたの気持ちはよくわかったから、もう帰ってくれと頼んだ。
「でもな、こっちの都合なんて聞いちゃくれない。いつまで経っても帰らないんだ」
 〈彼女〉は凄まじい形相になり、一層声を荒げた。
『なんで追い返すのどこに、どこに追い返すのあんたらが呼んだんでしょうあたしの話を聞いてよ、痛いのよ、ちくしょう、覚えてろ、覚えてろ、覚えてろ――』
 彼らは、何度も何度も謝った。
 興味本位で呼び出してしまった事を謝罪し続けた。
 最終的には、霊とのやりとりに覚えのある数名が半ば力技をもって、〈彼女〉を追い返す事に成功した。
「終わったあと、本当にぐったりしたよ。もうみんな、口をきく気力もなかった」

 ――問題は、それからだった。
 〈降霊会〉から数週間後、メンバーの一人が通勤中にバイク事故を起こした。
 一メートル四方もの大きなビニール袋が、突然目の前に覆い被さってきたのだと言う。
「払いのけようとしたらしいけど、上半身というか、頭に絡まったらしくて」
 バイクごと転倒。
 救急車が到着した際、巻き付いたビニール袋によって、窒息寸前の状態だった。
 彼は両方の手足、つまり四肢を全て、骨折した。

 事故から間もなく、今度は別のメンバーの家が全焼した。
 幸い死者は出さずに済んだが、後の調査で、原因はガス漏れだった事がわかった。

 三人目は、自転車を盗まれた。
 通勤に使っていたもので不自由にはなったが、そのメンバーは逆に、安心したと言う。
「そりゃそうだろう。大事故、火事と来て、何か良くない事が降りかかって来ているのはわかったが、所詮は自転車泥棒だからな。<助かった>と思ったらしい。……でも」
 数日後に発見された自転車を見て、血の気が引いた。
 それは、川の中に投げ込まれていた。
 何重にも何重にも、狂ったようにビニール袋の巻いてある状態で。

「まだまだあるが、もういい。とにかく、あの〈降霊会〉にいた仲間は全員、そういう目に……」
 彼は、少し咳き込んだ。
 それを誤魔化すように、むせながらもまた煙草を咥える。
 見るに見かね、ちょっと吸い過ぎじゃないですかと言おうとした時。
 バスルームの方から幽かに、カチンと乾いた音がした。
 何の音だろう。
 耳を澄ます。
 森村氏は痛そうに喉を押さえ、わかるか、と囁いた。
「……ガスと、ビニールだよ」

 彼の手が、ライターを握った。

by ガスとビニール ¦ 17:01, Friday, Sep 15, 2006 ¦ 固定リンク ¦ 講評(4) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(2) ¦ 携帯

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