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ある夏の終わり頃。 早川君はいつものように、地元の商店街を漂っていた。 まだ夜も浅く、歩道には人の通りが絶えない。 塾帰りの学生。コンビニ前の若者。管を巻く酔漢。 それらの間を縫って、すいすいと遊泳する。 ―――比喩ではない。 彼は文字通り、浮遊していた。
「どう表現したらいいのかな。丁度歩いてるぐらいの速度で、目線も普段の高さと変わらないんです。違う事と言ったら……」 空中を、滑るように移動できる。 つまり物質としての肉体を伴わぬまま、夜の町を散歩している。 彼の体は、アパートの自室で睡眠中なのである。 「初めて【抜けた】のは、まだ二十歳前でした」 当然、恐怖はあった。 元の体に戻れるのかと不安も覚えた。 だがそれよりも、肉体を「抜ける」という異常な感覚、その痺れるような解放感が彼を圧倒した。 「病み付きになっちゃったんです。あれは本当に、経験しないとわからないとは思いますけど……」 密かな楽しみにしてる面もありますね、と早川君は笑う。 「夢」が、必ずしも望みどおりに見られるとは限らないのと同様、抜けたい時に必ず抜けられる訳ではない。 だから、何かの拍子にチャンスが訪れれば、存分に楽しむ。 スタビライザー・カメラを通したように滑らかな視点移動。 重量感のない体。 浮遊。 浮遊。 浮遊。
その夜も、時折地面スレスレを滑空したりしながら、煙草屋の角を曲がった。 幽かにテレビの声が聞こえ、店主の婆さんがまだ起きているのがわかる。 通常有り得ない角度でコンビニの看板をかわして、馴染みの書店まで差し掛かった時。 前方から、自分と似たようなモノが近づいてくるのに気づいた。 そいつは明らかに、飛行していた。 酔漢の合間を縫い、居酒屋の提灯の横をするりと抜け、宙を滑る。 同類だ。 初めて見た。 しかも。 「……それ、よく見ると友人の池田って奴なんですよ」 こいつも【抜ける】奴だったのかと面喰らう。 こちらに気づいたようだ。 目が、合う。 「……」 「……」 二人とも、曲芸じみた動きをやめた。 何となく視線を逸らす。 書店前の歩道は狭い。 かわさないと、このままではぶつかってしまう。 どうせ浮遊しているのだから車道にも出られるし、あるいは上下に交差しても良いようなものではあったが、徒歩の時と同様に歩道右側へ身を寄せた。 池田君も左端に水平移動する。 沈黙のまま、行き違う。 その時。 僅かに、互いの右肩が接触した。 「あッ」 ざぁっ、と視界が動いた。 体が、後方へ引っ張られる。 抵抗できない。 見れば池田君も、物凄い早さでうしろに下がっていく。 二人は一気に、もと来た道を引き戻されていった。
アパートのベッドで目を覚ました早川君は、すぐさま池田君へ電話をかけると、出喰わした現場の居酒屋に呼び出した。 しかし、席に着いても目が合わせられない二人。 口ごもりながら烏賊の塩辛を捏ねくり回す。 ちらちらと、互いの顔色を盗み見る。 「……まさか、お前もアレができるなんて」 「そりゃこっちの台詞だっつの」 聞けば以前から、早川君同様に体を「抜けて」夜の散歩をしていたのだという。 思わぬ同好の士の発見だった。 どちらからともなく、この特技は秘密のままにしておこうという話になった。
それぞれの経験をぽつりぽつりと語り合い、照れ笑いが打ち解けた談笑に変わり始めた頃。 いつからか、池田君が右肩を押さえている。 「どうした?」 「いや、何だろう。ちょっと……」 痛そうだ。 早川君も少し前から、同じ位置に違和感を覚えていた。 双方、Tシャツの袖口をまくり上げてみる。
そこには、異様な青黒さの、巨大な痣。 二人の顔から、血の気が引いた。
「……一緒に散歩するのは、やめた方がいいな」
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