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幽体離脱接近遭遇(2)
「……どう表現したらいいのか」
 早川君は呟くように話し始めた。


 彼は空を飛べる。
 目線と変わらないくらいの高さを、歩くような速度で。
 ただ、物質としての肉体は自宅に放置したままだ。

 彼は、肉体を抜け出すことができた。


 初めて【抜けた】のは、まだ二十歳前の頃。

 当然、恐怖を感じた。果たして元の体に戻れるのか、と不安も覚えた。
 抜けでたところで、鳥のような自由さで空を飛べるわけではない。
 バイクで疾走するようなスピード感を味わえる訳でもない。
 それでも病み付きになった。
 痺れるような「解放感」が彼を圧倒したからだった。
 以来、抜けることが密かな楽しみとなった。

 とはいえ、望んだ時に必ず抜けられるとは限らない。
 だから、チャンスが訪れたら全力で楽しむ、と決めた。


 ある夏の終わり頃。
 その夜は久しぶりに“密かな楽しみ”のチャンスが訪れていた。
 さっそく肉体を抜け、夜の街へ飛び出す。
 開放感が彼の脊髄を貫いた。

 いつもやっているように、地元の商店街を飛ぶ。
 塾帰りの子ども。
 管を巻く酔っ払い。
 コンビニの前で群れる茶髪たち。
 軽やかにそれらの間をすり抜ける。
 時折、地面スレスレを飛んで、スリルを味わってみることも忘れない。

 馴染みの書店に差し掛かったとき。
 前方から自分と似たような〈モノ〉が近づいてくるのに、気がついた。
 それは、酔っぱらいの合間を縫い、居酒屋の置き看板をするりとかわして、宙を滑るように近づいてくる。

「そいつ、よく見たら友人の池田なんです」

(こいつも【抜ける】奴だったのか)
 不意に目が合った。
 向こうもこちらに気づいたようだ。

「……」

 二人、なんとなく曲芸じみた動きをやめ、無言で接近していく。

(やっぱ、通りづらいな……)
 ここの歩道はかなり狭い。
 彼はいつもどおりに、歩道の左側に避けた。
 池田君はその逆へ。
 二人は無言のまま道を譲り合い、すれ違う。

 その時、僅かにだが、互いの右肩が接触した。

「あ」

 体がガクン、と後へ引っ張られた。
 そのまま、もと来た道を引き戻されていく。
 視界の端に、後方へ飛んでいく池田君を捉えた。
 が、どうすることもできなかった。


 気がつくと、自分の部屋に戻っていた。
 さっきの出来事を反芻する。
 すぐさま跳ね起きて、電話をかけた。
「池田? うん、そうそう。じゃ、そこで」

 数十分後。
 二人は、さっき出会わした現場そばの居酒屋にいた。
「まさか、お前もアレができるなんて」
「そりゃこっちの台詞だっつの」
 仲間を見つけた喜びで盛り上がる。

 以来、彼らは秘密を共有する「同好の士」となった。


 そこまで話し終えると、早川君はおもむろにTシャツの袖をまくり上げた。
 その右肩に、薄くなった痣が残っていた。

「池田にも、同じような痣が残ってますよ」
 そう言って彼は微笑んだ。

by 幽体離脱接近遭遇 ¦ 13:00, Saturday, Aug 26, 2006 ¦ 固定リンク ¦ 講評(4) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(2) ¦ 携帯

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